働けど働けど我が暮らし楽にならざり

   

類は友を呼ぶみたいなものでしょうか・・・

お金というのはお金持ちの所に行き、貧乏人の所にはお金は来ない。

これが借金地獄というものだろうか・・・

そんな気がします。

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働けど働けど我が暮らし楽にならざり

石川啄木氏の有名な歌ですね。

はたらけど
はたらけど猶が暮らし楽にならざり
ぢっと手を見る

借金貧乏の我が家に限らず、この不景気の世の中に生きるサラリーマンの方は、この歌を思い出すくらい不安な生活をおくっている方も多いのではないでしょうか?

お金持ちも貧乏人も同じ様に働いて日毎の糧を得ているはずなのですが、お金持ちと貧乏人はどうして違うのでしょう。

根本的に稼げる額が違う・・・

長けている能力が違う・・・

目の付け所が違う・・・

考えると色々とあるのでしょうが、根本的に育った環境が違うからか、思考回路からして違う気がします。

英才教育の賜物

働けど働けど我が暮らし楽にならざり

一部を除き、基本的に世の中の天才は努力で成り立っています。

才能よりも努力が基盤です。

そう考えると、この世に生まれた時点では、お金持ちも貧乏人もスタート地点は同じなはず。

だけど生まれた瞬間は同じだったとしても、お金のある家庭と貧乏家庭ではドンドン差が出てきます。

英才教育を受ける事が出来るという事は、それに着いて行く努力が出来れば天才になる確率が高いという事です。

必ずしも英才教育を受ければ天才になる分けではないと思いますが、貧乏家庭に生まれるよりは天才になるチャンスに恵まれ可能性は大きいと思います。

こんな所にも出る貧富の差

子供の頃、私は自分の家がまだ貧乏家庭だと気が付く前に祖母に「ピアノと英語が習いたい」と言いました。

当時は今ほどピアノも英語も気軽に習える時代ではなく、非常にお金のかかる時代。

当然、今でも本格的なピアニストや語学を活かした通訳等、そういう方向に進むにはお金がかかりますが。

貧乏家庭の我が家にピアノや英語は無理で、そもそも掘っ立て小屋のような家にピアノが置けるはずもなくww

結局、習いに行ったのは習字とソロバンというオーソドックスなもの。

いま思います・・・英語とピアノを習っていたら、人生が変わったかもしれないと。

もちろん変らなかったかも知れないですが(汗)

祖母の精一杯の愛情

貧乏家庭の我が実家でしたが、それでも祖母なりに精一杯してくれたと私は思っています。

確かに自分の希望にかなった習い事ではありませんでしたが、少なからずとも習い事をさせてもらえたと言うのは本当に有難い事だと思います。

私には子供が居ませんので、借金まみれで子供に習い事の1つもさせてあげられないと幸いにも悩むことはありませんが、万が一今の我が家に子供が居たら、私の経験上非常に苦しんだと思います。

借金は中々減る事がなく、毎日身を粉にして働いてもこの借金地獄から抜け出して楽になる事は今の所ありませんが、ただ返済して完済する事を見つめていきたいと思います。
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